所得税~個人にかかる税金

【判例】競馬払戻金の所得区分とはずれ馬券の経費性~税理士試験に出題~

 税理士試験での出題を機に、改めて馬券訴訟の内容を見てみました。外れ馬券が必要経費になるかどうかは、競馬の払戻金が何所得に該当するかに関係してきます。

税理士試験では判例も出題される

 令和元年より、税理士試験問題が国税庁HPにて公表されるようになりました。2020年の所得税の理論問題で、競馬の払戻金の所得区分と必要経費の範囲について、"法令、通達、裁判例に触れながら簡潔に答えなさい"という問われ方をされました。

 所得税法は受験科目のうち、法人税と共に選択必須科目となっています。
 税理士試験に合格するためには、11科目あるうちの5科目を合格する必要があり、”法人税法”か”所得税法”のどちらか1科目を必ず合格しなければいけないこととなっています。

 私が受験した時、法人税法の本試験においても判例問題が出題されました。受験勉強をしていく中で、判例問題に苦労しましたが、教科書通りの一辺倒な判断だけでなく、重要判例をも知った上で、法令や制度趣旨等を考慮し、具体的態様にて判断することは必要なことだと感じたことを思い出します。
 税理士試験の選択必須科目において判例が出題されることに対し、近年の税理士試験が、実務色の濃い内容になっていると実感します。

競馬の払戻金は、何所得になるのか。

 所得の種類は10種類あり、いずれの所得に分類されるかにより、課税所得の計算に影響があります。競馬の払戻金は、所得税法基本通達34-1にもあるように、一時所得とされています。
 最初の馬券訴訟(最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決)の争点では、一時所得該当性と必要経費の範囲でした。
 税理士試験での出題の論点も、実際の裁判の争点と同様で、競馬の払戻金は一時所得か雑所得かという点と、外れ馬券が必要経費になるのかという点にあります。

馬券訴訟の概要

 馬券訴訟として、初めて争われた事案と、その後の事案で、最高裁判決で払戻金が雑所得とされた2つの事案を見ていきます。

第1事案

 被告人は、馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げていた。その所得につき正当な理由なく確定申告書を提出期限までに提出しなかったという所得税法違反の事案。

第2事案

 被告人は、予想の確度の工程と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入することとし、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として、年間を通じて収支で利益が得られるように工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年あたり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けた。そして、6年間のいずれの年についても年間を通じての収支で利益を得ていた。これらの所得について、被告人は雑所得として確定申告をしていたところ国税局から一時所得に当たるとされ追徴課税を課された事案。

所得税法における一時所得とは

「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」

所得税法34条1項

とされています。

条文を分解してみると、一時所得に該当するためには、下記の要件に該当する必要があります。

①8つの所得以外の所得
②営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得
③労務その他の役務又は資産譲渡の対価としての性質を有しないもの

馬券訴訟の最高裁判決

第1事案の判決

 平成27年3月10日の最高裁第三小法廷判決の判旨(抜粋)
「所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」
(中略)
「いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては、所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考慮すべきであるから、当たり馬券の払戻金の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない。
(中略)
「以上によれば、被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁的に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では、払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原判断は正当である。」
(中略)
外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから、当たり馬券の購入代金の費用だけでなく、外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ、本件外れ馬券の購入代金は同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である。」

第2事案の判決

 平成29年12月15日の最高裁判決(抜粋)
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」
(中略)
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に当たると解するのが相当である。」

 競馬の払戻金が雑所得とされた2つの判決内容をみると、該当事案である競馬の払戻金の所得区分は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」である雑所得に該当するとしています。

 さらに、「営利を目的とする継続的行為」の判断については、「行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断」すべきとしています。

 そして、雑所得と判断された事案について、はずれ馬券を含む馬券の購入は、当たり馬券の払戻金を得るための一連の経済的活動とされ、はずれ馬券の購入費についても、必要経費に該当するとされました。

通達での取り扱い

 所得税法基本通達34-1において、一時所得の例示の一つとして「競馬の馬券の払戻金・競輪の車券の払戻金等」が挙げられており、実務上、競馬の払戻金は一時所得として取り扱われてきました。

 最高裁判決を受け、現在の所得税法基本通達34-1は、競馬の払戻金が雑所得に該当するための具体的事例として、下記の注釈が加えられています。

1 馬券を自動的に購入するソフトウエアを使用して定めた独自の条件設定と計算式に基づき、又は予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入するなど、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら多数の馬券を購入し続けることにより、年間を通じての収支で多額の利益を上げ、これらの事実により、回収率が馬券の当該購入行為の期間総体として100%を超えるように馬券を購入し続けてきたことが客観的に明らかな場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。

2 上記(注)1以外の場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、一時所得に該当することに留意する。

 上記通達や最高裁判決の判旨をみると、競馬の払戻金が雑所得に該当するための判断基準が、かなり限定的な内容になっており、他の競馬愛好家たちの得た払戻金が雑所得として確定申告をしても、税務署に認められることはかなり難しくなっています。
 最高裁判決で雑所得とされた2つの事件については、馬券を購入するまでの一連の行為及び利益の回収率等が特殊性を有していたため、"営利を目的とする継続的行為から生じた所得"とされ、雑所得に該当すると最高裁にて認められました。

 最高裁判決の判旨にあるように、画一的な便宜等をもって所得区分を判断すべきではないとしているにもかかわらず、修正された通達は、最高裁にて雑所得とされた事案に合わせた限定的な内容となっており、それに当てはまらない払戻金は一時所得としか認めないという記載のされ方のように思えます。

雑所得とは

利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。
所得税法35条1項

一般的な競馬の払戻金は一時所得

 一般的な競馬の払戻金は、一時所得に該当します。
 競馬の払戻金は、一般的には、一時的・偶発的な利得であり、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得(一時所得)」に該当します。

一時所得とされた競馬の払戻金の必要経費は、その払戻金を得るために直接要した費用となるので、当たり馬券の購入費のみとなります。

今年の所得税の理論問題

国税庁HPより

一時所得の計算

総収入金額-収入を得るために支出した金額(注)-特別控除額(最高50万円)=一時所得の金額

(注) その収入を生じた行為をするため、又は、その収入を生じた原因の発生に伴い、直接要した金額に限ります。

 税理士試験の金額をもとに計算すると、競馬の払戻金が一時所得に該当する場合には、必要経費は当たり馬券の購入費のみとなるため、下記のように計算されます。 
  1億円―1,000万円―50万円=8,950万円(一時所得の金額)
  8,950万円×1/2=4,475万円(課税一時所得)

国税庁:一時所得

雑所得の計算

公的点金等以外のもの
総収入金額 - 必要経費 = その他の雑所得

税理士試験の金額をもとに計算すると、競馬の払戻金が雑所得に該当する場合には、必要経費は外れ馬券と当たり馬券の購入費となり、下記のように計算されます。
  1億円-(1,000万円+1億円)=△1,000万円(雑所得の金額)

一時所得か雑所得かの違いで、大きな違い

 競馬の払戻金が雑所得に該当する場合、営利を目的とする雑所得が継続的行為から生じた所得とされるので、外れ馬券の購入費も払戻金を得るために要した費用として必要経費に算入されるため、課税所得が小さくなり、算出される所得税が少なくなることになります。

 

まとめ

 競馬の外れ馬券が必要経費として認められるかどうかは、競馬の払戻金が一時所得か雑所得のいずれに該当するかによります。
 そして、雑所得に該当するためには、馬券を購入する行為が”営利を目的とする継続的行為から生じた所得”であると認められる必要があります。さらに、はずれ馬券を含む馬券の購入は、当たり馬券の払戻金を得るための一連の経済的活動に該当するものであると認められる必要があります。これらが認められれば、競馬の払戻金に係る必要経費は、外れ馬券及び当たり馬券の購入費とされるのです。

 一般的に競馬の払戻金は、一時所得とされます。なぜなら馬券を購入するという行為は、公営賭博であり、馬券の的中による払戻金の発生が偶然性を排除できないなど、営利を目的とする継続的行為から生じた所得(雑所得)とは言い難いものと考えられるためです。

最後に・・・

 この馬券訴訟の判決は、報道され話題になり、世間一般に知れ渡りました。雑所得に該当するような競馬の払戻金は、かなり限定的であり、稀なケースであると言えます。しかし、ゼロではないのです。「競馬の払戻金=一時所得」というような画一的な判断をすべきではないと、この判決は教えてくれました。税理士は、通達や過去の慣例などの形式で判断せず、法律の趣旨・目的に照らし、具体的な態様を考察したうえで、課税実務を行わなければならないと改めて実感した事件でした。

参考:国税庁



参考文献
有斐閣 別冊ジュリスト 租税判例百選〔第6版〕
 P88-89 「一時所得と雑所得の区別」

㊟個別の税務判断は、税の専門家に相談されることをオススメいたします。

※アフェリエイトを利用しています。

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