消費税には、納税義務が軽減される特定の条件や期間がありますが、納税者としては「2年縛り」や「3年縛り」といった制度も知っておくことが重要です。制度の導入や高額資産の取得に伴うルールは複雑で、間違った選択をするとその後の還付や申告に影響します。
消費税の納税義務のしくみ
納税義務の有無は、原則、基準期間の課税売上高によって判断される
消費税の納税義務は、原則、基準期間における課税売上高が判断基準になります。
基準期間の課税売上高が1,000万円以下である場合は、消費税の納税義務が免除されます。また、新規設立法人の第1期及び第2期においては、基準期間がないため、納税義務が免除されます。
個人が開業した場合は、前々年が基準期間となります。
例えば、今年開業した個人である場合、基準期間である前々年は、開業前のため売上はゼロでしょうから、基準期間の課税売上高はゼロとなり、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であるため、納税義務が免除されます。
(基準期間における課税売上高が1,000万円以下や基準期間がない場合であっても、資本金の額、特定期間の売上高、相続・組織再編、特定新規設立法人による判定で納税義務が免除されない場合があります。)
インボイス制度導入により変わったこと
2023年10月よりインボイス制度が導入され、適格請求書発行事業者として登録した事業者は、たとえ基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、消費税の納税義務は免除されません。
参考:国税庁
基準期間とは
個人の場合の基準期間は、前々年の1月1日から12月31日となります。
法人の場合、1年決算法人であれば、前々事業年度が基準期間となります。
前々年事業年度が1年未満の法人については、その事業年度開始の日の2年前の日の前日から1年を経過した日までの間に開始した各事業年度を合わせた期間が基準期間となります。
基準期間の課税売上高とは
基準期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の税抜対価の額の合計額からその基準期間中の売上に係る対価の返還等の金額の合計額を控除した残額をいいます。
なお、基準期間が1年でない法人については、年換算をした金額となります。
個人が年の途中で開業した場合については、前々年の1月1日から12月31日が基準期間となるため、年換算は不要となります。
基準期間が免税事業者である場合の課税売上高は、税抜処理せず、税込金額を課税売上高とします。免税事業者は消費税の概念がなく、その売上には消費税が含まれていないと考え、その売上金額が課税売上高となります。
参考:国税庁
基準期間における課税売上高が1,000万円以下であっても、特定期間における課税売上が1,000万円超となる場合は、消費税は免除されません。
参考:国税庁
㊟基準期間における課税売上高が1,000万円以下や基準期間がない場合であっても、資本金の額、特定期間の売上高、相続・組織再編、特定新規設立法人による判定で納税義務が免除されない場合があります。
消費税の免税事業者は、消費税の還付を受けられない
納税義務判定にて、消費税が免除されることとなった場合において、継続的に輸出を行っている事業者である場合や、高額の資産等を購入するため、売上に係る消費税額より仕入に係る消費税の方が多くなることがあります。
消費税の課税事業者(簡易課税制度の適用を受けている場合を除く)であれば、売上に係る消費税より仕入に係る消費税が多い場合には、その多くなった消費税相当額が還付されることとなりますが、消費税の免税事業者については、消費税が還付されることはありません。
そのため、免税事業者が還付を受けたい場合は、事前に「消費税の課税事業者選択届出書」を納税地の所轄税務署に提出し、課税事業者になる必要があります。
消費税の課税事業者であっても、簡易課税制度を選択していると還付されない
消費税の課税事業者で、消費税簡易課税制度の選択をしている事業者は、基準期間の課税売上高が5,000万円以下であれば、簡易課税制度の計算により、消費税の納税額を計算します。
簡易課税制度とは、仕入に係る消費税額を実際の金額を使用せず、売上にかかる消費税にみなし仕入率という業種別に決められた割合を掛けたものを仕入税額控除として計算する方法です。そのため売上にかかる消費税より仕入税額控除が大きくなることはありません。
したがって、簡易課税制度を選択している事業者が、高額な資産等を購入する予定がある場合は、事前に簡易課税制度選択不適用届出書を税務署に提出しておかなければ、還付を受けられないこととなります。
(購入する資産の金額や課税売上高により、原則課税に戻さず、簡易課税制度を選択したままがよい場合もあります。)
原則課税と簡易課税制度の消費税の税額計算
原則課税による消費税の計算
納付税額=売上に係る消費税―仕入等にかかる消費税額
簡易課税制度による消費税額の計算
納付税額=売上に係る消費税―売上に係る消費税×みなし仕入率
簡易課税制度の場合、仕入等にかかる消費税額は、売上に係る消費税にみなし仕入率を乗じて計算します。売上に対する消費税区分(課税・非課税・免税)のみで消費税の納付税額を計算する簡易な計算方式です。
課税事業者の選択をして課税事業者になった場合は、すぐに免税事業者に戻れない
課税事業者選択届出書を提出した事業者は、その提出した日の属する課税期間の翌課税期間から課税事業者となります。
そして、課税事業者となってから2年を経過する日の属する課税期間の初日以降でなければ課税事業者選択不適用届出書を提出することができません。
つまり2年間は、課税事業者となります。
⇒課税事業者の2年縛り
還付スキーム排除のために創設された3年縛り
課税事業者の期間(簡易課税制度を選択している場合を除く)に、高額特定資産を購入した場合には、高額特定資産等を購入した日の属する課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ、課税事業者選択不適用届出書を提出することができません。
また、課税事業者の期間(簡易課税制度により計算している期間を除く)に、高額特定資産を取得した場合には、高額特定資産の取得した事業年度の初日以後3年を経過する日の属する課税期間の初日の前日までは、消費税簡易課税制度選択届出書を提出することも出来ません。
つまり、原則課税により計算している課税期間において、高額特定資産を取得した場合には、取得から3年間は、免税事業者にもなれず、簡易課税制度を選択できないということになります。高額な資産を取得した場合は、取得から3年は消費税の原則課税による計算をすることで、課税売上割合の変動による調整等がある場合の調整計算をするための措置となっています。
⇒消費税原則課税の3年縛り
この規定は、アパート等の居住用賃貸建物の取得について、租税回避スキームが横行し、創設されました。
上図を例にした場合
課税事業者選択不適用届出書を提出できるのは…
高額特定資産等を購入した日の属する課税期間の初日(X2.4/1)から3年を経過する日(X5.3/31)の属する課税期間の初日(X4.4/1)以後にて、課税事業者選択不適用届出書の提出が可能となり、翌期間のX5事業年度より免税事業者となれます。
簡易課税制度選択届出書を提出できるのは…
高額特定資産の取得した事業年度の初日(X2.4/1)以後3年を経過する日(X5.3/31)の属する課税期間の初日(X4.4/1)の前日(X4.3/31 )までは、簡易課税制度選択届出書の提出が出来ず、X4.4/1以降にて簡易課税制度選択届出書の提出が可能となり、翌課税期間のX5事業年度より簡易課税制度の選択が可能となります。
3年縛りとなる高額特定資産の取得とは
原則課税により計算している課税期間中に、事業者免税点制度や簡易課税制度の選択に3年縛りが、かかってしまう高額特定資産とは、どういったものでしょうか。
高額特定資産とは、一の取引単位が税抜100万円以上の固定資産(調整対象固定資産)や、税抜1,000万円以上の棚卸資産が該当します。
そのほか、自己建設高額特定資産があります。これは、他の者との契約に基づき、又はその事業者の棚卸資産若しくは調整対象固定資産として、自ら建設等をした高額特定資産とされています。
当該自己建設高額特定資産の建設に要した仕入等の支払対価の額の累計が1,000万円以上となった日の属する課税期間にて、高額特定資産の取得となります。この場合、自己建設高額特定資産の建設に要する仕入等の支払いが、免税事業者である期間や簡易課税制度の適用を受けている課税期間中に行った材料費や経費等の支払いを含めずに1,000万円の累計を計算します。
1,000万円以上となった課税期間から3年縛りの対象となりますが、当該自己建設高額特定資産の仕入等の支払対価の額の累計が、1,000万円以上となった課税期間後の課税期間にて建築等が完了した場合には、完了した日の属する課税期間の初日から3年縛りとなります。
改正にて追加された高額特定資産である棚卸資産の調整措置
改正により、高額特定資産である棚卸資産等について調整措置の適用を受けた場合が加えられました。
この改正は、令和2年4月1日以後に棚卸資産の調整措置の適用を受けることとなった場合から適用されます。
そもそも棚卸資産の調整措置とは
免税事業者が課税事業者となる日の前日に免税事業者期間中に取得した棚卸資産を有している場合、免税事業者から課税事業者となった課税期間の消費税の計算において、前期から繰り越してきた免税事業者期間に取得した棚卸資産に係る課税仕入れ等に係る消費税額につき、課税事業者となった課税期間の課税仕入れに係る消費税額とみなして仕入税額控除の計算をすることになります。これが棚卸資産の調整措置です。
高額特定資産である棚卸資産等の調整措置の具体例
免税事業者が課税事業者となる場合において、免税事業者期間中に仕入れた高額特定資産につき、棚卸資産の調整措置を受けた場合において、これまでは、事業者免税点制度や簡易課税制度の選択に3年縛りの制限を受けていませんでした。
しかし、改正により、高額特定資産に該当する棚卸資産につき調整措置を受けた場合には、棚卸資産の調整措置の適用を受けた課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ、課税事業者選択不適用届出書を提出することができません。
また、棚卸資産の調整措置の適用を受けた初日以後3年を経過する日の属する課税期間の初日の前日まで、簡易課税制度選択届出書の提出が出来ません。
⇒つまり、高額特定資産に該当する棚卸資産の調整を受けた課税期間から事業者免税点制度や簡易課税制度の選択に3年縛りの制限を受けることになります。
参考:財務省:令和年度 税制改正の解説より
事業者が高額特定資産である棚卸資産又は課税貨物について、納税義務の免除を受けないこととなった場合等の棚卸資産に係る消費税額の調整措置の適用を受けた場合について、その適用を受けた課税期間の初日以後 3 年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間においては、事業者免税点制度及び簡易課税制度を制限することとされました。
令和6年以降に追加されたこと
令和6年4月1日以降に、課税事業者で簡易課税制度の適用を受けていない課税期間中に、200万円以上の金や白金等の地金を購入した場合は、この購入は高額特定資産に該当し、この購入を行った課税期間から3年縛りの期間となり、事業者免税点制度の適用は出来ず、また簡易課税制度の選択の届出は出来ません。
No.6502 高額特定資産を取得した場合等の納税義務の免除等の特例
まとめ
免税事業者が「課税事業者選択届出書」を提出し課税事業者になった場合には、課税事業者として2年間納税義務が生じることとなります。
課税事業者で、簡易課税制度の計算の適用を受けていない課税期間中に高額特定資産を取得した場合は、3年間は課税事業者として納税義務が維持され、簡易課税制度選択届出書の提出も出来ないこととなっています。
事業者が高額の資産の取得を検討している場合には、消費税の計算に影響を及ぼすこととなりますので、事前の事業計画が必要となります。
㊟個別の税務判断は、税の専門家に相談されることをオススメいたします。